アイムホーム松尾工務店

社長のストーリー

はじめまして。松尾浩です。

ここ静岡市で三代続く松尾工務店の代表をしています。私がなぜこんなにも家づくりに夢中になっているのか、今日に至るまでの道のりを思い出しながら書きますので、少々お付き合いください。

第一章:現場が遊び場だった子供時代

– 昔の事務所 –

私が生まれた年、昭和36年に祖父と父がこの松尾工務店をはじめました。

小さい頃は「おい、行くぞ」の声と共に父に軽トラに乗せられ、よく現場へ連れていってもらったものです。そこで木屑や砂で遊んだり、材木の切れ端で大工さんの真似事をしたり。

休憩時間には職人さん達によく遊んでもらいました。休憩が終わると、さっきまで大笑いしていた職人さん達が真剣な顔つきで仕事に取り組む姿に、子供心にかっこいい!と思っていました。

父は誰からも信頼される人で、職人さん達からも慕われていました。あの時代によくある仕事人間の頑固な父親像とは反対で、仕事をうまく切り上げて家に帰ってきては相手をしてくれる、やさしい人でした。

– 社長家族写真 –

私はそんな父が大好きで、(大きくなったら自分もお父さんと同じ仕事をするんだ)、と自然と思うようになりました

第二章:はじめてのプランで大失敗

私が17歳の時、新しく家を建てることになりました。

父に「浩はどんな部屋がいいんだ?」と聞かれ、「俺が描く」と言って、自分の部屋からはじまり、結局は家中すべてのプランを描きあげました。それは今の私から見ると、ただ四角い部屋が並ぶだけで肝心の収納がない、窓の位置も考慮されていない、まさに欠点だらけのプランでした。

17歳の素人が考えたそんなプランを、なんと父は本当に建ててしまったのです。実際に住んでみると風通しが悪くて夏はやたら暑いし、収納がないので部屋は雑然とするしで、とても住み心地が良いとは言えませんでした。

このプランは大失敗でしたが、もともと負けず嫌いな性格なので、失敗のまま終わるわけにはいきません。また、自分が思い描いた図が家という形になりそこで暮らす、という一連の経験が建築の世界への情熱に火をつけました。

第三章:ひとりよがりのスタート

学校を卒業してからは地元静岡のゼネコンとハウスメーカーに、現場監督として13年間勤務しました。仕事はとても厳しくハードでしたが、先輩や職人さん達からものを造る姿勢と技術を叩き込まれ、だんだんと自信が付いてくると、「建築の事ならわからない事など無い。」そんな風に天狗になっていた時期でもありました。

そして退社し、さぁこれでお客さまの信頼を一身に背負ってどんどん家を建てるぞ!と家業の工務店を継いだのですが、、。意気込みとは裏腹になかなか注文がいただけません。

現場あがりの私は「いいものさえ造っていれば誰だってわかるはず」とずっと思っていました。ですのでお客さまには、いかに良い建材を使っているか、いかに難しい技術なのか、ということばかり説明していました。


ところがある日、お客さまからこんな事を言われたのです。

「松尾さん、あなたは自分達の話しかしないね。私らは素人なんだからそんなことはどうでもいい。それより使いやすさとか家族が笑って暮らせることとか、そっちの方がずっと大事なんだよ。」と。

その言葉でやっと気づきました。今まではただの自己満足に過ぎなかったのです。お客さまの視点に立つ事よりも、自分が良しとするものを押し付けていただけでした。

それに気づいた私は、家づくりに対する姿勢をガラリと変えました。私の仕事は良い家を造ってただ売るのではない。家を建てたお客さま家族が、必ず満足すること、必ず幸せになる事、それを一番に考えて仕事をしよう、そう決めたのです。

第四章:お客さまか、利益か

それからポツポツと注文をいただけるようになりました。一念発起して一級建築士の資格も取得しました。社員も少しずつ増えて行き、彼らを守っていくために経営の勉強もしました。

また少し父の話をしますと、父は会社の利益を優先する、いわゆる効率主義の経営者でした。その基盤があるからこそ、今も松尾工務店は安定経営ができているので感謝はしています。が、やはり私は会社の利益よりも最初に誓った「お客さまの幸せ」、そのことを第一に考えたいという理想がありました。

一方、働いてくれている社員や協力業者さん、その家族を守らなければなりません。どうやったら皆が幸せになれるだろう…。

出した答えは、とにかく誠実に仕事をしよう。お客様に満足していただければ、自然と新しいお客様が来てくれる。長い目で見れば必ず利益につながる、と考えました。

幸いにも祖父から付き合いのある職人業者さん達の協力もあり、質の良い家をできるだけコストを抑えて建てることが可能になりました。そうすると、受注も増えていき、建てたお客さまが別のお客さまを紹介してくださり、会社も安定して経営できるようになったのです。

第五章:そしてこれから

あれから25年。紆余曲折はありましたが、今現在まで多くのお客さまにご依頼をいただき仕事をさせて貰っています。本当に有難いことです。

しかし昔と違い、若いご家族にとって家を建てることが容易ではない時代になりました。本来ならば子育て世代にこそ安心して暮らせる家が必要なはずなのに、、。

– 施主様お子さんと –

そこで、創業以来ずっと注文住宅だけ建ててきましたが、若い方でも手が届きやすい価格帯のセミオーダープランもはじめました。こちらも大変好評をいただいており、嬉しい限りです。

時代が変わればお客さまのライフスタイルも幸せの価値観も変化します。私は40年近くこの業界にいますが、お客さまから「素人考えですが…」と前置きされてからの素晴らしいアイディアにびっくりすることもしばしばあります。多様化するお客さまひとりひとりの幸せ、それに応えるために今もなお勉強中です。

多くの方にとって、家を建てることは一生に一度の大決心です。それを私たちに託して頂けることは、何年経っても毎回胃が痛くなるくらいの責任を感じます。

これからも喜んでその責任を受け止めて、生涯のお付き合いとなるお客さまと一緒に家づくりを楽しんでいけたら、私にとってこれ以上の幸せはありません。

– お施主様と –

長々と書いてしまいましたが、私はこんな人間です。最後までお読みいただきありがとうございました。

すべての方が幸せな家づくりができますように。